2016-04-26

no title

芸能人がSNSで義援金を送る旨のツイートをしたら、「もっと金あるだろう」とか「売名だ」などと大炎上するそうです・・・。
このような人々は、震災に対する義援金と24時間テレビの募金を混同してるのかも。

24時間テレビでは、小銭の入った募金箱を持って会場に駆けつけて1曲歌うみたいな流れが決まり事になってますが、あれは番組のスタンスとして“小さな愛(小銭)がたくさん集まって大きなチカラ(大金)になりました~”という基本ベースがあるです。

ブランド品に身を包み、高級外車でさっそうと会場へ乗り付けた華やかな芸能人が、ジュラルミンケースから取り出した札束を置いて去っていくとか、スーツの内ポケットから小切手を出して置いていく、というような画を想像すると、芸能人らしい圧倒的な華があってカッコ良いですが、残念ながら番組の空気には合わない。

芸能人とは言えど庶民と同じスタンスで参加して欲しいという、番組の基本ベースに合わせた演出の1つとしての募金箱(小銭)であって、おそらくは事務所主導だったりするのだろうと思います。

それに、その芸能人のファンへ募金熱が伝染する効果が少なからずあるとすれば、札束よりも小銭のほうが募金のハードルは下がるし、最終的な募金額という結果だけを考えれば効果的かも。

「黙して募金すべし」みたいな美徳が正しい行為だとされるような風潮もありますが、俯瞰で捉えてみると、その単独行動だけで知名度を有効活用せず終わらせてしまう行為が正しいのかどうか・・・そこは難しいところです。


しかし今回のような震災に対する義援金は違う。

100歩譲って売名だったとしても、500万は500万で1000万は1000万なりの金額に比例した救済になる。
資産1億持ってる人の1000万だろうが、資産10万の人の1万だろうが、結果はその義援金の額に比例するわけです。

義援金は、被災した人々の助けになったかどうか、その結果こそすべて。

気持ちなんて形の無いモノは、何の救いにもならない。
何よりも形あるモノ(物資や義援金)ありきで、気持ちはそこについてくるおまけです。
おまけは、あると嬉しいけど無くてもいいもの。
東北の際の江頭2:50のエピソードみたいなものは、大当たりなおまけということになるんですが。

結果を早い段階で生み出すためには、その行動スピードも大事です。
だとすれば、芸能人がSNSで義援金報告することは、見ているファンに対して義援金の輪を早い段階で広げるという部分で有効かもしれません。
義援金の額を公にすることが軽くダサいことは大前提としても。

結果を見ずして、その過程の初歩段階に低レベルなツッコミを入れるような連中の行動は、超個人的な自己満足のウサ晴らしになるだけで、被災した人々の救いには全くならない。


こうして改めて言われずとも、火をつける人々はそんなこと百も承知でしょう。
そんなことわかってて、冒頭に書いたような炎上を起こす根本的な気持ちには“ねたみ・ひがみ”があるように思います。

金に余裕がない、仕事がつらい、愛する恋人・家族がいない、一緒に心から楽しめる友達がいない。
そんな日常を満たされぬ人々が、500万や1000万という高額な義援金を送ることのできる一見華やかに満たされた感の漂う芸能人をねたみ、ひがんでるんですね。

他者を否定することで己こそ正義とウサを晴らしてるようですが、その行為が周りからは「ひがんでる」「ねたんでる」と映ってることに気付いていないという、残念が過ぎるダサさ・・・。
義援金の額を公にすることを軽く上回るダサさです。


話をぐ~っと遡れば、以前に世間を賑わせた不倫の芸能ニュースもそう。

あまりにも自分と距離のある無関係な芸能人に対して“不倫はダメ”みたいな正論を振りかざすことって、冷静になって考えるまでもなく異常だと思わざるを得ない。

何ら実害の無い余所の庭での出来事に関心を持つことは異常だし、当人にしてみたら大きなお世話です。

“妻の身になると許せない”などと、見ず知らずの女性にそこまで感情移入出来る人もいたようですが、そんな人は今頃きっと地震の被災を疑似体験して食事も喉を通らず痩せ細ってることでしょう。
実際は今もスナック菓子食べながら芸能ニュースをチェックしてるんでしょうが。

不倫がテーマのドラマが昭和の時代から高視聴率を叩きだすのに、不倫の芸能ニュースがあれほどバッシングを浴びるという、同じメディアによって取り上げられる不倫ネタにも関わらず両極端な反応が生まれることには訳があります。
不倫ドラマは見るのに、不倫の芸能ニュースに対しては牙をむく人種を絞ってみましょう。

まず男性は皆無だと思うのでカットしていいでしょう。
よく言われることですが、男として原始的にある欲求として不倫を否定できないから。
ちょっと身銭があって、時間的・体力的な余裕のある健康男性であれば、バレなければ不倫したいという人は全然いると思います。

では女性を絞り込みます。

リアルタイムで不倫してる人は当然ながらカット。
自分もやってるんだから人のこと言えませんものね。

愛する恋人がいる人、旦那に愛されてる人もカット。
結局、人は自分が満たされていれば周りの雑音は気にならないものです。
他人に四の五の言う気が起きないぐらいに自分が恋愛において恵まれてると、赤の他人の恋愛など知ったことでは無い。

となると残るのは・・・

愛してくれる恋人がいない、もしくは旦那との愛が冷めている、かと言って不倫ドラマに出てくるような若いイケメンと不倫できる容姿も持ち合わせていない。

要は、愛に満たされぬブサイクな女性の“ねたみ・ひがみ”ということになります。
かなり痛いところにメス入れた仮説ですが、いかがでしょう?


芸能人のSNSやゴシップやニュースに対する大炎上なんて、その根本的なところは、満たされぬ日常に対する不満を、自分にないモノを持つ恵まれた人(カウンターの返って来ない距離のある人)に対して“ねたみ・ひがみ”を込めてウサを晴らしてるだけ。
そんなマッチ1本の些細な火種が、集まりに集まって大火事になってるだけ。

スルーしたら終いな話ですが、そんなウサ晴らしの常習犯が多くなると問題。
ウサを晴らすネタを探すためにネットニュースをチェックするようになってる中毒患者は多いと思います。

己を正義だと勘違いしてしまうそんな行為の中毒になってしまうと、ネット上だけでなくリアルな社会での人間関係でも、自己中心的で協調性を欠いた行動や言動で問題を起こすようになるでしょうし、そんな人々を放置してしまうと国民全体の質も下がり、大げさでなく国益に悪い影響を与えると思います。

時代についていけない頭の固い政治家の方々にも、法整備の追い付かぬ深刻な現状をきちんと勉強していただいて、そろそろ取り締まるべき線引きをつける方向で動き出してもらい、ネットリテラシー水準の高い社会にして欲しいです。

とりあえず現状わたしたちには、火事の匂いに鼻をつまみ、煙が目に沁みるので目をつぶり、煙を吸わないように口をふさぐことしかできませんね。
知りたい情報を知ろうとすれば、何かしらの火事に遭遇してしまうという・・・ホント困ったもんです。

2016-04-18

no title

義援金という、その後の使徒が不明確な形では、今の気持ちを消化できない。

これは善良な行いがしたいということではないです。
地震発生後に即行動へ移れらなかったことへの自己嫌悪に伴って、日々モヤモヤしてて寝つきが悪いわけです。
何かしらの行動によって、この自己嫌悪に苦しむ気持ちを少しでも消化したいという、要は、自分のために自己満足度が少しでも高い行動をしたいということです。

じゃあ、車に詰めるだけの物資を積んで、熊本まで車を飛ばすか?
そこは仕事が・・・とか家族が・・・などと、様々な言い訳でもって行動に移さない薄情者なので、いわゆる偽善ではありますが、そんな思いで夜な夜なスマホで調べてたら、見つけました。



「WITH THE KYUSHU」

:福岡市
:「平成28年熊本地震」に伴うお知らせ
:髙島市長のブログ


福岡市が旧大名小学校で市民からの救援物資を受け入れ、熊本への運搬を一括して行っているとのこと。

既に金曜日の時点でスタートしていたという行動の速さ。
小学校なので、当然ながら教室がいくつもある訳で、物資の仕分けや管理もしやすく、駐車スペースも搬入スペースもある。
余震も警戒する中、自治体としての防災対策を進めると同時に、こんな発想と行動を翌日には起こしていたなんて。

凄いぞ福岡!大好き福岡!


我が地元では何らそのような行動が起こされる雰囲気もないし、「うちもやろうよ」と市に提案するなら、まずは自分が行けと言われて当然な他力本願野郎なので、とりあえず福岡の担当窓口にダメ元で電話。

同様の問い合わせも多かったのでしょう。
柔軟な対応で、県外からの宅配便での物資提供も受け付けてるとのこと。


現時点で行動できることが増えました。

これでグッスリ眠れるというほどの行動ではありませんが、自分という薄情者なりの行動が増えることで、自己嫌悪の気持ちは少しだけ消化できそうです。


拡散能力の低い当ブログではありますが、そんな方法もあるのだということをお知らせすべく記しました。


追記-----4/19

地元の行政も同様の動きを始めました。

福岡市の素晴らしい動き出しは、他の自治体もどんどん真似して連鎖して欲しいと思います。

2016-04-17

no title

自分の行動の遅さに幻滅。

救援物資を送ろうと思ったら、配送業者は揃って受付をストップしてた。

配送先も調べた、何を送るべきかもリストアップした。
さて送ろうと思ったところで、受付がストップされてることを知ったのでショックはデカい。


結局は、同じ九州に住んでいながらも対岸の火事なんだろう。

仮に身内が熊本にいれば、考えるよりも即行動でもっと動き出しは早かったろうし。
その場合、物資を送るではなく車飛ばして向かっていただろうけど。

そんな行動に移すこともなく、こうしてパソコンに向かってる薄情者なのです。


「昨日の地震凄かったよね~」なんてファミレスで話してるような薄情な人間の遅すぎる行動なんて、実際に被災された方々にとってはありがたくもないのかもしれないけど、配送業者の受付がスタートしたら何かしらの物資は送ろう。

こうなってくると、何かしなければ・・・というよりも、何もしなかったお詫びだわ。

Yahoo!は今回もマッチング寄付を始めてるし、日本赤十字社の受付窓口も開いてる。
ふるさと納税で支援するという目からうろこなアイデアも目にした。

ホント遅ればせながらで自己嫌悪だけど、現時点で出来ることを。

2016-04-07

AA=×Masato(coldrain)+Koie(Crossfaith) “FREE THE MONSTER”





ここ数日、ず~~~~~~っとリピートで聴いてる。
やっと好みのサウンドでリリースしてくれた感じ♪

2016-03-04

MAD MAX : FURY ROAD



ジョージ・ミラー監督「マッドマックス 怒りのデス・ロード」

「怒りのデス・ロード」って・・・。
相変わらずの邦題センスの無さから漂うB級感をさておいても、これは観ておきたかった「マッドマックス 怒りのデス・ロード」。

リアルタイムではうまく時間を作れず観ること叶わなかったんですが、アカデミー賞10部門ノミネートに伴うリバイバル上映で叶いました。


すっかり世間の熱は冷めてる時期に、こんなこと言うのも恥ずかしいですが、ホントMAXに最高でした。

名は体を表すと言えるほどにMADがMAXどころかMAXIMUMで、こんなハードコアでパンクでヘビーメタルな映画は観たことない。
変な例え、大好きなハードコアやヘビーメタルバンドのベストアルバムを聴いたような感覚。
DVDに妥協せず劇場で観ることができてホント良かった。


北斗の拳な世界観も最高なら、各キャラクターも最高。
登場するカーもアクションも最高なら、様々なアイディアも最高で、衣装や小道具に至るまで隅から隅までに散りばめられた細かいディテールも最高。

もともと、説明が過ぎる映画は苦手。
背景や動機などをセリフでペラペラと話されると、想像で埋める楽しみの伸びしろを真っ黒に塗られてしまってゲンナリしてしまいます。

でも「マッドマックス 怒りのデス・ロード」は2時間ほぼ追っかけっこのカーチェイス。
その過程でのキャラクターの振る舞いや差し込まれるカットや隙間にある1つのセリフなどで、そのキャラクターや世界の背景がやんわりと語られて無駄に水を差すような部分はしっかりカットされてる。

無駄を全く感じさせないので、先に述べたベストアルバムばりにイントロからアウトロまで一気に楽しめるんだと思います。


あれだけ冒頭から中盤に至るまで緊張感と興奮をキープさせられ続けて、アドレナリンが口から溢れんばかりにアガリまくったの久し振り、というか初めてかも。
年末に観た「スター・ウォーズ / フォースの覚醒」と互角と言ってもいいぐらい。
過去作の前振り抜きで言えば、互角というより超えました。

「スター・ウォーズ / フォースの覚醒」はリピート叶わぬままに上映終了になりそうなので、これはリバイバル上映中にリピートしとかねばならんかな。



2016-01-04

CASIO G-SHOCK


今年の買い初めはコチラ。
G-SHOCKは何本か持ってるけど、いわゆるアナデジって持ってなかったので。
初売りでお得だったし、とても新鮮で気に入ってます♪


2015-12-25

Star Wars / The Force Awakens




J・J・エイブラムス監督「スター・ウォーズ / フォースの覚醒」

仕事道具のパソコンが壊れるという緊急事態から逃避するように、憂さを晴らすべく観てきました。


予告が公開されてから、今か今かとワクワクしながら待ってた本編。
期待値を上げてしまうとガッカリすることも得てして多いので、予告以外の前情報は一切カットしてました。

しかし、十分に期待に応える面白さでした♪
観てない人にハードルを上げてしまうのは心苦しいけど、

A long time ago in a galaxy far, far away....

もう恒例のオープニングを改めて観れただけで満足でしょ♪
これ観れただけで1800円払う価値あります☆

ディズニーといえばお決まりのオープニングクレジット(シンデレラ城のアレ)をカットした心配りに頭が下がります。
個人的にはあったとしても気にならなかっただろうけど、確かにスターウォーズの世界観には合わないという意向も納得。


予告で全スターウォーズファンを歓喜させたハン・ソロやチューバッカには、当然ながら本編でも歓喜するんですが、本編のいたるところにオリジナル三部作オマージュ盛りだくさん♪

僕ぐらいのスターウォーズファンでもニヤニヤしちゃうぐらいなので、本気のファンの人だともっと気付くオマージュあると思います。


「ファントム・メナス」を観た時の何百倍もアガりました☆
あの時はもう1回観ようとは思わなかったけど、今回は映画館から出てきて即また戻って観たいぐらいでしたもの♪

ツッコミどころはアレコレとありますが、そんなことはどうでもよくなるぐらいに楽しかった♪

人気シリーズの新作って、シリーズのファンが雑にくっつけたような駄作も多いですが、オリジナル三部作のファンの気持ちも汲みつつ、新三部作のスタートとしても盛り上がれる、きちんと本気で丁寧に作られた新作でした。

新キャラクターも良いし、レイは新ヒロインとして最高にカッコよくキュート☆
BB-8なんて今更ラジコン欲しくなるぐらい可愛いし、今後への布石として気になる要素もたくさんあるし、次へと繋がる終わり方も抜群で、ついに新たなサーガが始まったんだなぁ〜とホント嬉しい☆

むしろ今作はスターウォーズファンへのおもてなしという感じで、次作からこそ本番ということで再来年「エピソード8」への期待も高まります♪


とりあえずオリジナル三部作を観返して、もう1回は観に行きます☆

2015-12-07

グラスホッパー



瀧本智行監督「グラスホッパー」

当初は観る予定ではありませんでした。

メンズデーに、午前中から別の映画を観に行ったんですが・・・それがホント酷くて・・・。
せっかく映画に刺激を貰おうとやって来たのに、このままでは帰れぬわ!!と、上映時間のタイミングの良かったコチラも観ることにしました。
映画を梯子するなんて、ホントに久しぶりです。


何よりも大きな発見だったのが、蝉役の山田涼介。

ジャニーズの子だということは、普段あまりテレビを見ない僕でもCMなどで見かけて知ってはいたんですが、これほど演技力のある子だとは知りませんでした。

アイドルって、普段からの立ち振る舞いにも言動にも、様々な制約があるじゃないですか。
汚い言葉遣いはしちゃダメだし、アイドルとしての純血みたいなモノを演じなければならない。

そんな制約から解放されて、アイドルとは真逆と言ってもいい残忍な殺し屋役を、思う存分に楽しんでるような若いパワーを感じました。

最近では、上手い下手ということなく「無難に演技をこなせる若手俳優」が多いと感じますが、この子は上手い♪
アイドルとしてダンスをしてることもあってか、アクションも見応えあったし。
予告でも流れますが、劇中の「そいつはヘヴィだな」の言い方・・・もうたまりません♪

この発見だけで観た甲斐はありました。


観始めると、原作のストーリーをだんだんと思いだしてくるもので。
あれ?こんなだったっけ?とか、あぁここは変えちゃったんだ・・・とか、原作との違いに気付いてきます。

いろいろ言い始めたらアレコレとありますが、それはそれとして僕は娯楽作品として全然楽しみました♪

伊坂幸太郎の原作は、ずいぶん前に読んでたんですが、良い感じに原作の記憶が薄れてきたタイミングだったのが良かったかも。
きっと、この前に観た映画の酷さが、振り幅として効いたということもあるとは思います。


原作ファンからは不評らしいですが、基本的に原作好きなら実写は観ちゃダメです。

登場人物や舞台になる風景を、自分の想像で好きなようにイメージしながらストーリーを楽しめる小説は、そこで完璧に完成してる。
なので、実写化されても絶対に原作を超えることは無いので。

そこを粗探しのように「ここが違った」みたいに非難するのは、いかがなものかと思います。
逆に「原作に忠実だった」という高評価も目にすることがありますが、だとすれば知ってるストーリーを映像として追うだけなので、わざわざ観る必要性は感じませんし。


小説は作家ありき。
なので、多少の制約などはあると思いますが、作家の思うように自由に書けます。

映画も監督ありきではあるんですが、小説の作者に比べると自由度は低い。
映画は様々な人々や企業が絡んでくる、大きなお金が動くビジネスなので、何でもかんでも監督の思うようには出来ません。

そういう意味でも、実写化されたモノが原作より面白くなくて当然なんです。
原作がベストセラーだったりしたら尚更。


ここで改めて原作を読み返してみるのも面白そうなので、いま読んでる本を読み終わったら再読してみようかな♪

2015-09-28

葉桜の季節に君を想うということ




歌野晶午著「葉桜の季節に君を想うということ」


最後2行の衝撃で、前評判に漏れず自分も2度読みした、乾くるみ著「イニシエーション・ラブ」

友達と「これは映像化は不可能だね~」なんて話してたら、ちょっと前に映画化されましたね。
どんな形でアレを映像化してるのか気になるところですが、堤幸彦演出が苦手なので未見です。

そんなタイミングもあり、この機会に別の著作も読んでみるかと「セカンド・ラブ」を手に取って、あまりの後味の悪さに幻滅し・・・。
という話の流れから知人に教えてもらった、歌野晶午著「葉桜の季節に君を想うということ」


「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。
そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。(Amazonより)


(※以下ネタバレ含みます)


序盤から中盤にかけて、微妙にコミカルな主人公のキャラクターや語り口が自分に合わず、うまく物語に乗っていけませんでした。

また3つの時系列が前後するので、1つの話に入っていくとまた違う時系列の話が始まったりして、気持ちを戻すのが少しストレスでした。
一気読みすればついていけそうだけど、間が空くことで集中力が切れてしまったということもあるかも。


そんな気持ちを繋ぎとめてくれたのは、別れた妻と娘を想う安藤士郎とのエピソードと、加速する買い物癖による借金返済のために悪に手を染める古屋節子のエピソード。

前者は人情に訴えてくるキャラクターもあって馴染み易かったし、後者は一気にシリアス路線で罪を重ねる無限ループから抜け出せない中で自分を肯定する様は緊張感がありました。


ミステリーなので、どんなカタルシスがあるのかと構えて読むわけです。

読んでる段階では関連性が見えてこない3つの時系列(現在と数年前と探偵時代)が最後どのように絡んでくるのか、仮説を立てながら読み進めてたんですが・・・終盤は一気に読みました。

序盤から中盤にかけて馴染めなかった主人公のキャラクターですら布石になってたとは。
どこで勘違いしてたのだろうと、遡って答え合わせするように読んでみたりして。

見事にやられました。
ホント良く出来た小説ならではのミスリードを利用したトリックです。


これまた映像化は不可能です。

「イニシエーション・ラブ」が映画化されると聞いた時に、主観を取り入れれば映像可能かも・・・と考えたりしたんですが、こちらも同様の手法で映像化できなくはないです。
かなり無理あるので、やっぱり映像化として成立できないと思いますが。


そんな終盤で主人公が自身の人生論をとうとうと語るんですが、それが圧倒的バイタリティでもって超ポジティブ。

あまりにもバイタリティが強すぎて、うまく自分の中に取り入れられなかったんですが、それでも言ってることはとても共感できたし、なんか前向きな元気をもらいました。

あくまで人生論だけに関して共感したのであって、語り合う2人には全く共感できず。
むしろ嫌悪感でしたが、それもまた自分を正当化する犯罪者の心理なのかな・・・と思ったりして。

2015-09-22

通天閣



西加奈子著「通天閣」


いろいろありまして通院生活してました。

その病院の待ち時間が異常に長い。
8時半に受付してリハビリと診察が終わるのが14時みたいな・・・。

貴重な休日の半分は病院で過ごすような感じだったので、時間を持て余すのも勿体ないし、普段はなかなか時間の取れない読書などしてました。


西加奈子著「通天閣」

夢を失いつつ町工場で働く中年男と、恋人に見捨てられそうになりながらスナックで働く若い女。
ふたりは周りの喧騒をよそに、さらに追い込まれていく。
しかし、通天閣を舞台に起こった大騒動がふたりの運命を変えることに…。(Amazonより)


(※以下ネタバレ含みます)


直木賞受賞で話題の西加奈子。
著作は2作品しか読んだことなかったので、手に取ってみました。


なんというカタルシス・・・。
病院の待合ロビーで読んでたんですが、人目を気にしつつも我慢できず泣いてしまいました。

急いでトイレに駆け込み、顔を洗ってクールダウンし、改めて待合ロビーへ。
続きを読むとまた泣いてしまう・・・でも気になる・・・。
そしてページをめくり、またポロポロ泣いてトイレへ駆け込むという。


映画でも小説でもそうなんですが、ハリウッド大作のような非現実なストーリーはともかくとして、日常を描くような人間ドラマだと、主役っぽい人が主役の作品ってあまり惹かれません。

主役っぽい人というのは、普通にいるだけで光り輝いてるような人。
微妙に的外れではありますが、分かりやすく端的に言えばカッコ良いとかキレイとか、そういうことになるのかもしれません。

うまく言えないんですが、主役っぽい人にスポットライトを当てられても、なんかピンとこないんですよね。
ただでさえ光り輝いてるところに更に光を当てられても、光量が強すぎて飛んじゃうというか。

トムクルーズやキムタクに感情移入するのはただでさえ難しい。
仕事で苦労してたりとか、恋愛でもめてたりしても、ヴィジュアルとキャラ設定の組み合わせに無理があるので、どんどんリアリティが欠けていってしまう。
結果的に物語との距離もどんどん開いていってしまいます。


なので、主役っぽくないエトセトラな人にスポットライトを当てた物語が好きです。
自分自身もエトセトラな人なので、前途と違い感情移入もしやすいし、そこにスポットライトが当たるとなんか救われる。

そんなスポットライトの当て方もセンスなんですよね。
下手な当て方をすると、作為的に不幸をウリにするようなテレビ的な感じになってしまう。

今作のスポットライトの当て具合は絶妙です。


感情を表にうまく出せず、心の中でアレやコレやに毒づいて、変に見栄っ張りなところがあるから無駄にストレス感じて。

僕は今でこそ比較的協調性のある人になりましたが、なんかこの中年男に対して愛おしいぐらいに共感できるんですよね。
その殻を破れば世界は違ってみてるのになぁ・・・と、そんな展開を待ち焦がれるように読み進めました。

そして、そんな殻を被ることになる出来事が立て続けにラストで待ってます。
殻を被ったことに対する喜びと、そこに絡んでくるもう1人の主人公である若い女の子のエピソードによって、前途したように待合ロビーとトイレを往復することになりました。


クスクス笑えてポロポロ泣けて、ギュ~っと心臓を鷲掴みされるように苦しいのだけど、ス~っと救われる感じ。

ちょっと毛色は違うけど、石井裕也監督「川の底からこんにちは」を観た時のような、しっかりと重みのある爽快感でした。

西加奈子、恐るべし・・・。
この作家さんが大好きなのだと確信できる作品でした。

2015-09-12

Slipknot “Custer”

バケモノの子



細田守監督「バケモノの子」


(※以下ネタバレ含みます)


映画館で観終って家に帰り、自分の中での解釈がまとまったのはお風呂に入ってる時。

単純に“親子愛”みたいなシンプルなテーマではなく、そこに“成長”に伴うアレコレが絡んでくるので、消化不良を起こしてしまいました。

賛否が分かれるのも納得です。
詰め込み過ぎと感じなくはないですし、物語として冒険活劇みたいなエンターテイメントを期待すると、きっと物足りないだろうし難解だと思います。

とは言え、個人的には十分に見応えのある仕上がりでした。


相当リアルに描かれた人間界(渋谷)と、中国やモロッコをイメージさせるようなバケモノ界(渋天街)は、どちらも季節の移ろいと共に見事に描かれてました。

それぞれのキャラクターも良い。
気になる声優陣では役所広司は完璧でした。
俳優やタレントが声優をするのは、役者の顔がチラついて嫌いなんですが、チラついてもそれを塗りつぶすほどにバケモノ(熊徹)でした。

ジャッキーチェン(蛇拳)へのオマージュには不意打ちくらって笑っちゃったし、コミカルな要素もしっかりと効いてます。


宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」という作品があります。

異世界に迷い込んだ少女が、そこで生活しながら成長していく物語。
キャラクターや舞台設定などは魅力的で、人気が高いのも納得な作品ですが、個人的に“成長物語”という映画の軸になる大きなピースが最後まで腑に落ちませんでした。

要は、成長物語としての時間軸がショートカットすぎて、冒頭の千尋(主人公)と中盤以降の千尋の、人が変わったような急速な成長のギャップへの違和感を引き摺ってしまい、最後まで主人公に感情移入できなかったんです。

ずっと俯瞰で物語を見てる感じで、物語との心の距離が縮まらないというか。

蛇足ですが、上記のことから宮崎駿という人は子育てにそれほど積極的に関わることがなかったのだろうなぁと感じました。
我が子の成長はじっくりじわじわですが、よその子の成長はショートカットして感じますもんね。

それだけアニメーション制作に時間と心血を注いだからこそ、世界に名を馳せたのでしょう。
これは勝手な想像ですけど。


なぜ「千と千尋の神隠し」を持ち出したかというと、今作から「千と千尋の神隠し」へのアンチテーゼを感じたから。

九太(主人公)の9歳から17歳までを描いてるので、きちんと成長物語として成立してるんです。
宮崎駿引退というタイミングもあっての拡大解釈かとも思うので、これもまた勝手な想像ではありますけど。


“親子愛”というテーマが軸ではあるんでしょうが、個人的にはそこよりも“成長(思春期)”に伴うアレコレに感情移入しました。

悪役ということでもないんですが、九太(主人公)と敵対することになるキャラクターが、いわゆるダークサイドに堕ちていくわけですが、表向きはダークサイドに堕ちそうにない境遇。
経済的に困窮してるとか、壮絶なイジメに遭ってるとか、心を病むようなエピソードがあるとか、そんなダークサイドに堕ちるなりの分かりやすい理由はありません。

父親は街の誰もが認める立派な地位のある立派な人物で、仲の良い弟もいて、もちろん家も立派なお金持ち。
かと言って、親との関係がギスギスしてるでもないし、恵まれているが故の反抗心が起こるというでもなく、自分と周りに対する違和感からじわりじわりと心の闇が広がっていき、決定的な出来事でダークサイドに堕ちます。

物語の冒頭で、親を亡くした主人公は、心無い親戚に引き取られるところを拒絶し、自分を取り巻く全てに絶望し、心に闇を抱えてバケモノ界(渋天街)へいざなわれます。

終盤、九太が彼をダークサイドから引き揚げる際に、自分も同じだと言います。
九太と青年になって知り合った女の子も同じようなことを言います。

思春期の多感な成長期においては、劣悪でも無い恵まれた環境であろうと、立派な親がいようと、誰もが心に闇を抱えていて、そこに堕ちてしまう可能性は誰にでもある。


ダークサイドに堕ちた彼は、ここ数年でメディアを騒がせることの多い理解しがたい“少年犯罪”を連想させます。

そんな犯罪を起こしてしまうぐらい、心に大きな闇を抱えてしまい、耳を疑うような犯罪を起こしてしまう可能性は誰にでもあって、そこから救い上げられる人は、同じ闇を抱える、同じ境遇での苦しみを知る人でしかないということ。

メディアできれいごとを並べ立てる有識者でも、同じ目線に立てぬ教育者でもない、もしや親でもないのかも・・・。

そこに対する細田守監督としての答えがあります。
九太がダークサイドに堕ちなかった理由こそが答えです。
その答え自体は未完成な答えだと思いますし、理想論だと感じる部分もあるので、まだ僕の中でもしっくりきてません。

1回観たぐらいでは、全ての消化吸収できてませんし、親と子の関係が一筋縄でいかないことは自分自身の思春期の頃を思い返すと容易に想像できます。

そういう部分での問題提起みたいなものが、頭の中で明確な形にならぬまま余韻を引き摺るので、単純に「面白かった~♪」とはならないし、誰もが面白いと感じるでもないと思います。


個人的には「時をかける少女」から細田守監督作品を観続けてきて、監督の作品として、大きな1歩になる作品だと思います。

劇場公開時に2度観ることは叶わなかったので、DVDでまた観ます。


世間というよりも、ビジネスな部分での大人たちから“宮崎駿引退後の重責を担う”みたいな期待をかけられることに伴うプレッシャーは、想像の域をゆうに超えて想像できぬほどに大きいと思うんですね。

それによって、本来自分が作りたいモノが作れないような環境が周りから固められてしまうことが怖い。
今後、無理なく自分の思うような作品作りが出来ることを願うばかりです。

2015-08-28

海街diary



是枝裕和監督「海街diary」

(※以下ネタバレ含みます)


原作の漫画は未読。
それが幸いしたようですが、すごく良かったです。

鎌倉の街並み、そして四季の移ろいが、これでもかというぐらいに美しい。
邦画の場合、日本の四季の美しさを観せてもらえるだけで十分満足だったりします。

何てことの無い普遍的な光景であるはずなのに涙が流れっぱなし。
それぐらいに心を打つ美しい風景を描けるのは監督の技量なのでしょう。


あと劇中に出てくるご飯がホント美味しそう。

ユネスコ無形文化遺産に登録されたぐらいですからね。
やっぱ和食を美味しそうに描いてくれるとポイント大きいです。


そして、日々を丁寧に暮らす四姉妹と、四姉妹と繋がる人々。

キャスティングはピカイチ。
天然キャラのイメージが強い綾瀬はるかを始め、四姉妹はみんな最高でした。
個人的には、具体的に多くを語らぬ三女(夏帆)のキャラ設定が想像を膨らませられて好きでした。

脇も全くの隙間無くガッチガチに固められてます。
四姉妹が揃った絵ヂカラも凄いですが、全体的にかなり豪華なキャスティングです。


仕事や家事に追われると、日々の暮らしって雑になりがちですよね。

梅酒を漬ける梅仕事に代表されるような、劇中で繰り広げられる季節に合わせた丁寧な暮らしぶりは、観ていてとても心地良く刺激的でした。


例えば、経済的に困窮してたり、家族間での問題があったり、障害を抱えていたり。
自分の境遇と比べて恵まれていない人々のエピソードを目にすることで「こんな辛い思いしてる人もいるんだから自分はマシ」だと、目線を下げることで気持ちを前向きにすることが大嫌いです。
そうすることで自身の優位性を保つような行為には憎悪すら抱きます。

きっとそれって人間が根本的に持つ悪意なのだと思います。
不幸をウリにしたりチャリティしたりと、そんなテレビ番組って多いですものね。

かと言って、裕福で贅沢な暮らしを目線を上げて見たところで「あんな豪邸に住めて羨ましいなぁ」で終わりです。
自分の生活に比べてリアリティが無いので何も心に残りません。


そうではなくて、普通の暮らし(普通の定義はともかく)を見せられる中から自身を顧みて、改善すべきポイントに気付かされたり気持ちを前向きにしてもらえるような提示のされ方が好きです。

決して、劇中の四姉妹は不幸要素が無い家庭環境ではないんですが、そんな提示をしてくれる映画です。

親がいない状況で三姉妹が一緒に暮らしてて、そこに腹違いの四女が加わるわけなので、かなりレアな危なっかしい家庭環境です。

それでもテレビでありがちな、作為的に不幸をアピールするようなスタンスではないので、自身との境界線を強く意識するようなことは最後までありませんでした。


住む場所が鎌倉である必要は無く、一緒に暮らすのが四姉妹である必要もモチロン無く、いま一緒に過ごす人々との日々を季節を、丁寧に暮らすことが大事。

そんなことを改めて心の隅々にまで沁み渡らせてくれました。
もう1度映画館で観たいぐらいに気持ちの良い映画でしたが、DVDリリースされてからまた浸りたいと思います。